イスラムフォビアと国内の現状

Share Button

現在の移民政策問題を考えるうえで、ヨーロッパにも顕著なイスラム教の絡む文化や宗教の摩擦は決して無視することのできない問題であり、そうした中でISILのような犯罪集団が生まれ、その蛮行は誰もが知るところとなり、紛争地域への単独取材は自己責任とは言え無実の日本人、二名が見世物のように殺害され、川崎国を名乗るような青少年犯罪にも影響を与えている。

日本にシリア難民を受け入れようとする議論、運動もあり、私としては、現地への支援は必要であっても、その受け入れには反対の立場です。容易に難民を受け入れれば、その中には過激派も紛れてくるでしょう。間違いなく日本国内でも文化や価値観の摩擦、治安上の問題に発展する。
シリアの人々が安心して暮らせるようになるためにはまず、ISILなどの犯罪組織、過激派の壊滅が必要です。そのために国際社会は連携し毅然と対応すべきです。ISILなどのテロ組織は平和を求める中東の一般の人々にとっても脅威以外の何者でもありません。(2月街宣の告知にもある通り)

日本はエネルギー政策のうえでも中東に依存しており、イラクなどへも莫大な支援を続けてきており、現地の治安回復のためには軍隊の投入も必要でしょうが、日本にはそれも不可能です。

中東にとっても私たちにとっても現地の治安の回復と法治国家の構築が急がれるのは当然です。だからこそ、この問題に対する安倍政権の対応も理に適ったものと言えるでしょう。

===============
イスラム社会の問題
===============

移民問題抜きに考えて、私たちはムスリム自体を敵視する訳ではありません。
脅威はイスラム過激派、過激思想であり、それを生む温床としてのイスラム社会の問題です。多くのムスリムはその宗教的被害者と言っても良いのかも知れません。私たちからすればそう見えます。

教義としてISILはスンニ派で、そのスンニ派は、主に4つの学派に分かれ、もっとも戒律の厳しい厳格派がハンバル派と言われます。多くの過激派はそこから派生し、日本のISILに対して擁護的なイスラム学者や人物もハンバル派でしょう。その教義解釈(厳格度)の度合いが学派ごとに異なり、その対立がイスラムコミュニティ内でも起きているというのが現状でしょう。

シャルリーエブド誌の襲撃事件についても、イスラム教徒の反応はそれぞれだった。

【参考】
我々イスラム教徒は「シャルリー・エブド」を支持する
http://www.huffingtonpost.jp/asif-arif/muslims-stand-with-charlie-hebdo_b_6434310.html

最近、日本国内の出版社が(反差別の立場からと言う)シャルリーエブドの風刺画を転載した書籍を出版した際、国内のイスラム教徒が抗議デモを行うなどしましたが、どのような書籍に対してであっても合法書籍の出版に対する妨害行為はこの日本では一般に理解されるものではない。それがイスラムフォビアをも助長する。

=====================================
ISILとイスラム教を切り離して考えることはできない
=====================================

【参考】
都内:これも“イスラム国”テロの余波? 「戒律」めぐり、イスラム教徒同士の対立も
http://news.infoseek.co.jp/article/cyzo_20150302_633091

(引用)
キャバクラやスナックが並ぶ東京の歓楽街・錦糸町では近年、中東系の住人が増えており、現場を行き交うイスラム教徒の間では、公の場での飲酒や婚外セックスなどイスラム教で禁じられている行為を堂々と行う者が目立っている。これに怒るのが厳格な教徒で、なんと襲撃事件まであったことが分かった。

被害は昨年12月、同じ中東出身者3人で集まって酒を飲んでいたところ、顔見知りの中東系の集団に襲撃され、ケガを負ったという。
「自分もテロの被害者だ。日本に来ても戒律を守っている連中は過激になっていて、日本人と同じように振る舞って頑張っている私たちを攻撃する。イスラミックステート(IS)の連中と変わりない!」(Fさん)

「テロリストがいたら、標的にされるのは日本人よりも私たちかもしれない。アラビア語の掲示板で“海外で遊び歩いて戒律を破る連中がいる”という情報交換がされているところがあって、そうした者に“裏切り”として制裁を加えるべきだなんて意見が書かれていた」

“イスラム国”という過激派の呼び名から、イスラム教徒への偏見が強まる中、教徒同士の間にも疑心暗鬼な空気が漂ってしまっているようだ。
(引用ここまで)

これは恐らく事実でしょう。
ISILシンパや思想的同調者はこの国にもいるのであって、イスラム社会はその温床ともなっています。
錦糸町の治安の悪さも有名です。

===================
我が国との社会的整合性
===================

イスラム教は違憲である

護憲派がこれを言わないのが不思議ですが、現行憲法では信教の自由(改宗や棄教)が認められ、基本的人権とされる。その改宗、棄教を認めないイスラム教はこの国では違憲だ。
本来の国教である神道であっても現行憲法下ではそのような束縛性を持たない。

その脅威性

イスラム教は民族宗教ではなく世界宗教として布教を行っている。イスラム教では避妊をも禁じておりその出生率も極めて高い。幾つかの統計を見ると平均的には4人以上です。だからその信者は増えても減ることはない。ヨーロッパ諸国では近い将来、イスラム教徒がマジョリティとなると言われている。
ヨーロッパでの文化摩擦がキリスト教とイスラム教の問題であるとすれば、やがて日本では神道的価値観とイスラム的価値観の衝突を生み出すことになる。

==================================
非イスラム諸国に於けるイスラム社会の順応性
==================================

民主主義とは広範な議論を基盤に世論や最良の政策を導き出そうするものであるから、思想の自由がそれを担保する。
そうした社会に於いて、問題が生じれば宗教であれ、何であれ時に批判や風刺に晒されることも当然であり、対する対抗言論も認められるが、その「思想信条の自由」の前提が「信教の自由」でもある。

あくまでも世界史的に書くならば
信教の自由→思想信条の自由→現在の民主主義社会。
信教の自由や政教分離は西ヨーロッパでは同国民同士が殺しあう宗教戦争の産物であり、現在の中東にも当てはまるが、こうして歴史を振り返ってみても政教分離と信教の自由抜きで中東の和平を実現するのは難しいのではないか。

イスラムフォビアを解消するには

まず大前提として、イスラムにシンパシーを感じない非イスラム圏の私たちがその教義や文化を理解することは不可能だ。

冒頭にも書いたように国単位の棲み分けが最善であることは言うまでもないが、少なくとも非イスラム国に於いては改宗と棄教の自由を保証することがイスラムフォビア低減には有効でしょう。日本の神道信者がイスラム諸国で、布教をし「天照大神以外に神はなし」と言いだせばイスラム教徒も黙ってはいない筈で、私たちの感情もそういうものであって、ここは日本です。
グローバルジハードなどという言葉、思想は一部の過激派だけのものだと思いたいが、しかしその脅威が年々増しているのが現実です。

【参考】
イスラム教徒に棄教を勧誘? NYのバス広告で議論百出(字幕・3日)
http://ow.ly/JZ325

こういうことを書いたり街宣活動を行っていたりするとしばき隊やら何やらが目をつけてくるものです。
私たちはこの日本に於いてイスラム教だろうとなんだろうと批判すべきは批判する。そして移民政策には反対です。日本には真っ当な極右組織や政党も必要でしょう。

私たちのTwitter等がISIL Official Japanなどを騙るアカウントからマークされているようです。日本にも支部らしきものがあり日本人内通者がいるのも間違いない。
日本に対するテロを扇動するかのようなアカウントもある。

即、通報(警察)です。
怪しいアカウント(イスラム過激派)をみつけたらこちらに通報しましょう。

インターネット・ホットラインセンター
http://www.internethotline.jp/index.html

【Twitter社をISILが脅迫中】
「イスラム国」が「勇敢な戦士たちが息の根を止める」とTwitter創設者を殺害脅迫、アカウント削除を逆恨み
http://gigazine.net/news/20150303-isil-threaten-twitter/

日本国内でも既にイスラムテロは起きています。
【参考】
悪魔の詩訳者殺人事件とは【未解決事件】
http://matome.naver.jp/odai/2139451426151585801
悪魔の詩と25年目の“聖戦”
http://gqjapan.jp/more/andmore/20140821/fundamental-fight-2

日本をテロや犯罪を容認する「寛容」な社会にする訳にはいきません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です